ジョン万次郎資料館へ行ったら凄かった

ジョン万次郎といえば、江戸時代の終わり、少年のころ漁に出て遭難し、無人島で生活していたときにアメリカの捕鯨船に助けられ、アメリカで教育を受け、その後、鎖国下の日本へ命がけで帰国。幕末の日本に大きな影響を与えた人物。
‥と、これくらいは知っていましたが、いや、いや、いや、いや、これだけでも凄いのですが、そんなものではありませんでしたよ。捕鯨船に乗って世界の幾つもの海を航海したり、カリフォルニアの金山で金鉱を掘ったり、その際、ジーンズをはいていたかもしれないなんて。人様の何十倍も濃いぃ人生を送られた人物ということをジョン万次郎資料館(John Mung Museum)で知りました。

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ジョン万次郎資料館、2014年9月23日。
カメラは、ニコンD40。18-105。

カウボーイハットをかぶって帰国したとは驚きでした。服装だって、すっかりアメリカ人風です。
アメリカで青年期を送られて、すっかりアメリカナイズされていたんでしょうね。
 
 
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ジョン万次郎資料館へ入ったのは、近くを通ったので何となく‥、でした。まあ、自分の旅はたいがい何となくで始まるんですけどね。ですが、大きな収穫でした。さて、中の様子です‥。

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世界の幾つもの海を航海されたことが記されています。幕末にこんな日本人がいたなんて!

さあさあ、見たことがあるような資料の数々です。

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写真はありませんが、ゴールドラッシュに沸くカリフォルニアの金山へ金鉱を掘りに行った話や、そのときジーンズをはいていたかもしれないということをリーバイスと絡めて紹介されていました。
帰国するための資金をこれで稼いだんだそうです。行動力が凄いです。

次は掛け軸ですが、英語の詩が飾られています。ジョン万次郎が、英語で詠んだ詩だそうです。

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直訳だけではなく、深い意味が込められているそうです。故郷の中浜や、第二の故郷フェアヘヴンのことを想っているんだとか。韻も踏んでるんだよー。自由に英語が操れるようになっていたんですね。

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最後には、サインがあります。ジョン万次郎といいますが、帰国後の日本では中浜万次郎、アメリカではジョン・マンだったんですね。

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どう見ても西部劇に出てくるアメリカ人にしか見えませんけど?

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建物の外(少し離れた場所)には、萬次郎と仲間達の群像という像がありました。

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この後、万次郎が生まれた、中浜へ行ってみました。車で20~30分くらいだったでしょうか‥。
ジョン万次郎の生誕地へ行ってみた(こちら)。

 ◇ ◆ ◆

さてさて、何かの弾みでこの記事をご覧になられた方々、これでジョン万次郎のことを分かったとは、お思いにならないでくださいまし。こんなものではありません。ほんとに凄い、凄すぎるんですから。ジョン万次郎資料館へ足を運ばれて、じっくりとご覧になられると嬉しいです。

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わたくしSOU▲の、過去を振り返り、現在を見つめ、そして、未来を創造しようという日記です。
過去の日記も随時書き加えていきますので、上の記事が新しいとは限りませんです。
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